◆巨人9―3中日(11日、東京ドーム) 原巨人にニューヒーローが誕生した。「7番・右翼」でプロ初スタメンの育成出身・隠善が5回、右前安打で出塁し、初盗塁を決めて同点のホームイン。6回に中前適時打、7回にも右翼へ2点適時二塁打。初の猛打賞で初の3打点と、初めてづくしの活躍で勝利を呼び込んだ。投げてはグライシンガーがリーグトップに並ぶ5勝目。阪神、中日の上位相手に初めて3連戦で勝ち越し、9連戦を6勝3敗で乗り切った巨人。若い力で3位に再浮上し、今度こそ上位進出の態勢は整った。
ここに上がるために、必死で頑張ってきた。あこがれだった東京ドームのお立ち台。“ヤングG4人衆”の中でも、隠善の笑顔は一段と輝いていた。経験のない大歓声に包まれ、思わず「1、2、3、最高でーす」と声を張り上げた。「実感がわきました。1軍でやれているんだなあって」自分より背の高い亀井、脇谷、坂本と並んでも、背番号「99」は堂々としていた。
プロ初スタメンで大仕事をやってのけた。6回、小笠原のソロで勝ち越し、なおも1死一、三塁。中田の高めに浮いたカーブを中前にはじき返した。「絶対にかえしてやるんだ」強い気持ちで臨み、貴重な追加点を叩き出した。1点を追う5回には先頭で右前安打を放ち、2死後にプロ初盗塁もマーク。亀井の同点打も呼んだ。7回にも右翼線へ2点適時二塁打。初猛打賞で3打点を記録するなど、広島の実家で見守る家族に最高の「母の日」のプレゼントを贈った。
3月21日に育成から支配下選手に登録。開幕1軍入りもゲットした若き成長株に朗報が飛び込んだのは、試合前の打撃練習中だった。うれしい反面、不安もあった。試合直前には、ナイン全員から「思い切っていけ」と励まされた。2回の第1打席は空振り三振。「心臓がドキドキでした」緊張で地に足がついてないことに気付き、フルスイングする自分の持ち味だけはなくさないよう、心に誓った。
篠塚打撃コーチの助言が活躍につながった。1軍投手のスピードに対応するために、もがいていた今春のキャンプ中、「バットコントロールをしやすいように変えてみな」と、当時使用していたZETT社製のバットのグリップを細くするよう指摘され「イチローモデル」に変更した。ひと回り細くした新兵器は、バットの出をスムーズにし能力を最大限に引き出した。
成長を実感した。4月12日、ヤクルトとの2軍戦に出場し、木田から本塁打した。「1軍の球を見ているせいか、打席ではすごく余裕があった」と自分に驚いた。昨年の開幕戦はジャイアンツ寮の近くにあるすし店で同期の坂本とともに観戦。「いつか、あの舞台で…」あこがれを努力によって、現実のものにした。
大抜てきした原監督も「脚力、守備力もあるし、速いボールに対しての対応能力もある」と絶賛。続けて「物おじせず戦っている。自分の現役時代を思い出すよ」と、お立ち台の他3人とともに拍手を送った。9連戦を6勝3敗で乗り切り、勝率5割に再び、王手。ニューヒーローの誕生で、チームは確実に上昇気流に乗った。
巨人・原監督「隠善はしっかり期待に応えてくれた。彼は脚力、守備力がある。速いボールへの対応力もありますね。若手が水を得た魚のごとく暴れている。頼もしいですね。ピンチをチャンスと感じて、物おじせず戦っている姿が新鮮だし、自分の現役時代を思い出します」
◆隠善智也(いんぜん ともや)
▼出身、サイズ 1984年6月5日、広島・東広島市生まれ。23歳。174センチ、73キロ。左投左打。
▼球歴 東広島市・志和堀小3年で、楽天・礒部の父が監督を務めるチームでソフトボールを始める。志和中から、広島国際学院高―広島国際学院大に進学。大学時代は通算13本塁打。投手も兼任し、大学3年で対戦した、同僚の梅田(創価大)に痛打されたことが今でも悔しい。06年の育成ドラフト4巡目で入団。今年の開幕前に支配下選手登録され背番号が「107」から「99」、年俸も240万円から480万円に。
▼珍しい名字 東広島の八本松地区に多い。
▼性格 元気いっぱいのいじられキャラ。試合前のウオーミングアップでは先頭で坂本と声を張り上げ、チームを盛り上げる。
▼練習の虫 開幕前の3月10日。オープン戦の札幌遠征で1軍に帯同していたが、入れ替えを通告され、夜に帰京。翌11日には午前9時過ぎに1人でG球場を訪れ、感覚を忘れないようにとマシン打撃で約300球を打ち込んだ。
参照元:スポーツ報知