◆北京五輪 男子二百メートルバタフライ決勝(13日・国家水泳センター) 師弟二人三脚で五輪メダルにたどり着いた―。男子二百メートルバタフライ決勝で松田丈志(24)=ミズノ=が、1分52秒97の日本新で銅メダル。この種目はアテネで銀の山本貴司に続き2大会連続で日本勢が表彰台に立った。4歳から指導を受ける元実業団選手の久世由美子コーチ(61)との地道な練習の積み重ねで、夢に見てきたメダルをつかんだ。「怪物」マイケル・フェルプス(23)=米国=が1分52秒03の世界新で2連覇し、金メダルの通算獲得数を11個まで伸ばした。
初めて上った五輪の表彰台から降りると、松田は金のフェルプス、銀のチェーが誘導されたのとは逆の方向へ一目散に駆け出した。そして客席の最前列で写真を撮っていた久世コーチにもらったばかりの花束を手渡し、熱く抱擁した。「ありがとうございました」「よくやったね」。師弟の最高の笑顔が交錯した。
身長差30センチ、年の差37歳のまるで親子のような師弟が、足かけ20年の二人三脚でメダルをつかんだ。2人の原点は故郷、宮崎・延岡市の東海(とうみ)SC。松田が4歳から通い始め、久世コーチは「まずは土台。人間性をしっかり作る」と指導を引き受けた。
厳しい環境下での地道な努力がタフな心身をはぐくんだ。練習拠点は、田んぼに囲まれた中学校内にある手作りのビニールハウスに覆われた25メートルプール。8コースで深さは約1メートルしかない。冬は10度と寒く、夏は40度に達する中、1日2万メートルもの泳ぎ込みを重ねた。愛知・中京大に拠点を置く現在も帰郷した際は立ち寄り、一生懸命泳ぐ子供たちと一緒に練習する。
大学進学の際、多くの強豪校は久世コーチと離れることを条件に勧誘にきた。松田は「別なら行かない」と拒否。中京大だけが師弟をともに受け入れてくれた。年老いた義父母と同居する主婦でもある久世コーチは悩んだ。しかし夫の征志さん(62)が「ここで引き留めたら、おれもおまえも後悔する。行ってこい」と背中を押してくれた。
延岡から愛知へ移り住み、食事や身の回りの世話もして支えた“お母さん”は「今日のためにあきらめないで、まじめにコツコツ頑張ってきた」と涙した。松田は「コーチとの二人三脚に誇りを持ってる。メダルとして残せて良かった。やっと恩返しができた」と笑って、久世コーチの首に銅メダルをかけた。
◆松田 丈志(まつだ・たけし)1984年6月23日、宮崎・延岡市生まれ。24歳。延岡学園高―中京大―中京大大学院2年。水泳は4歳から、バタフライは高校2年から。04年アテネ五輪四百メートル自由形8位、千五百メートル予選落ち。二百メートルバタフライ準決勝敗退。05年世界選手権二百メートルバタフライ銀。四百メートル、八百メートル、千五百メートル自由形、二百メートルバタフライと現在、最多計5種目の日本記録保持者。184センチ、83キロ。血液型O。
参照元:スポーツ報知