◆北京五輪 サッカー男子 1次リーグB組 日本0―1オランダ(13日・瀋陽五輪センター体育場) すでに1次リーグ敗退が決まっている日本は13日、欧州王者のオランダと対戦した。初勝利を目指す日本は第2戦から先発5人を入れ替えたが、後半29分にFWジェラルド・シボン(34)=ヘーレンフェーン=にPKを決められて、万事休す。0―1で敗れ、日本は3戦全敗。現行方式となった96年アトランタ大会以降、日本が勝ち点0で終えたのは史上初の失態。
屈辱のホイッスルだった。3戦全敗―。つらすぎる現実にDF長友、MF細貝は地面にへたりこみ、FW森本はロッカールームに足早に消えていった。「結果が出なければ悔いは残る。この世界は勝者と敗者にしか分かれない」とDF水本。現行制度になってから初の勝ち点ゼロで終わった。
敗因は反町監督の失敗と誤算が招いた。指揮官はアジア予選を終え、今年に入り選手を大幅に入れ替えた。「アジアで勝つ」から「世界で勝つ」ためだ。森本、森重、香川…。今大会ピッチに立った多くの選手は今年に入って呼んだ。香川、安田、長友らがフル代表とかけもちで、連係を高める時間は少ないが「国際舞台に立って暴れるような選手を選んだ」指揮官は同じメンバーで組織力を高めるよりも、個人の能力に期待した。
5月のトゥーロン国際。反町監督は3位決定戦まで行き、「いける」と好感触を得た。イタリアのU―21やオランダの1軍半を相手に、善戦した程度で、そう判断したのは、「OA」選手が加われば…MF遠藤とFW大久保の存在を計算に入れてのことだった。しかし遠藤はウイルス感染症で、大久保は故障で招集出来なかった。2人の離脱が大会直前だったことは不運だったが、反町構想は大会前から崩れていた。
香川、長友はほかの選手との連係を欠き、機能しなかった。トゥーロンでエースに任命したはずの森本は2試合目から使わず。改造チームは大会中に、分解した。「こんなにあっけないものなのかという現実を突きつけられた」とMF本田圭。06年7月に発足以来、2年かけた成果を何も残せないまま、反町ジャパンは北京から去った。
参照元:スポーツ報知