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北島金!涙の世界新58秒91!!…競泳男子百M平泳ぎ

◆北京五輪 男子百メートル平泳ぎ決勝(11日・国家水泳センター) 男子百メートル平泳ぎ決勝で04年アテネ五輪金メダルの北島康介(25)=日本コカ・コーラ=が、58秒91の世界新記録で2連覇を達成。宿敵ブレンダン・ハンセン(26)=米国=の記録を更新し、日本競泳史上最多となる3個目の金メダルを手にした。世界新での金メダルは日本人として72年ミュンヘン五輪の田口信教、青木まゆみ以来36年ぶり。同種目を世界新で制したのは史上4人目の快挙で、普段は強気な男が涙を流して喜んだ。12日から予選が始まる二百メートルで、前人未到の2大会連続2冠を目指す。

 涙が止まらなかった。熱い感情を抑えられない。レース直後、ミックスゾーンに姿をみせた北島は、タオルで顔を覆った。言葉が途切れる。「うれしいです。すみません、なんも言えね~…。もう、アテネのとき以上に気持ちいいです」強気な男が、涙をぬぐい続けた。

 20年の競泳人生で初めての完ぺきなレースだった。「しゃーっ!!」。前人未到の58秒台に手を伸ばすと、会場の約1万7000人の観客から地鳴りのような大歓声。両拳を2度突き上げ、雄たけびを上げた。「1かき1かき、正確にリズム良くいこうと思った。完ぺき。理想の泳ぎだと思う」日本人の競泳での同一種目連覇は1928年アムステルダム、32年ロサンゼルスの二百メートル平泳ぎを制した鶴田義行以来76年ぶりの快挙。百メートルの世界記録も5年ぶりに奪還し、同種目初のV2を飾った。

 前半は大きく伸びのある泳ぎ。準決勝と同じ、英スピード社の高速水着「レーザー・レーサー(LZR)」の長ズボン型を着用。前半、力んで終盤に失速した準決勝の反省を生かした。自己最少の16ストロークで50メートルを3位で折り返し、ターン後に先頭へ。そのまま後続を突き放した。「前半はリラックスして、終盤10~5メートルが勝負。それまで余力を持っていることが作戦だった。ダーレオーエンの記録は脅威だった。彼が勝ってもおかしくなかった」と明かした。

 アテネ五輪で日本人初の2冠を獲得。その後はどん底を味わった。05年春、プロスイマーとして始動も燃え尽き症候群に。五輪連覇への重圧も加わり、ひじ、ひざなど故障の連続。05年には二百メートルで5年ぶりに日本選手に敗北。06年もへんとう炎で入院し、「身を引くことも考えた」。それでも、パンパシフィック選手権二百メートルでは目の前でハンセンに世界新を出され、「五輪で勝負したい」と闘志に火がついた。

 究極の目標へ自分の泳ぎを映像で徹底研究。肉体改造にも取り組んだ。キック重視の泳ぎから、腕のかきとキックで2度加速する「4WD」泳法へ進化。平井伯昌コーチ(45)は「4年前の自分を乗り越えてくれた。成長がうれしい。理想の泳ぎが完成した」とたたえた。中学の卒業文集に「負けを知った時、初めて勝つことができる」と書いた。次は二百メートル。「自分の記録を更新することを目標にしたい」負けを知り強くなった北島が、平泳ぎでは前人未到の2冠V2へ王手を掛けた。

 ◆北島 康介(きたじま・こうすけ)1982年9月22日、東京・荒川区生まれ。25歳。本郷高から日体大卒。水泳は5歳から始め、東京SCに拠点を置き00年シドニー五輪100メートル4位。02年アジア大会200メートル(当時の世界新)で優勝。03年世界水泳100メートル、200メートルで世界新(当時)で2冠。04年アテネ五輪100メートル、200メートル金メダル。06年パンパシフィック選手権100メートル銅、200メートル銀。07年世界水泳200メートル金。178センチ、73キロ。血液型B。家族は両親と弟。

参照元:スポーツ報知

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2008年08月12日 10:53に投稿されたエントリーのページです。

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