3月に27年間在籍したNHKを退職し、フリーアナウンサーに転身した堀尾正明アナ(53)が、スポーツ報知のインタビューに応じた。「スポーツマターを、再び自分のフィールドでやりたかったが、NHKでは難しい状況になった」と、大好きなスポーツ関連番組から離れたことが退社の引き金になったことを告白。退社までの経緯や五輪への強い思い、フリー初仕事となる日本テレビ系列の北京五輪キャスターに挑む“覚悟”を語った。
53歳、男の決断―。年明けに上司に「スポーツの、五輪の仕事をやらせてもらえないか」と相談をしていた。
答えは“NO”だった。そこから気持ちが動き出した。「4月以降も難しいと聞いて、自分の中でやり残したことがあるんじゃないかって。スポーツマターを、再び自分のフィールドでやりたくて。とにかく、その思いが強かったですね」退社の大きな理由は、スポーツ関連の仕事から離れたことだった。
02年「サンデースポーツ」のキャスターに就任すると、同年のサッカー日韓W杯で総合キャスターに。04年アテネ五輪、06年トリノ冬季五輪の現地メーンキャスターを務めるなど、NHKのスポーツ番組の顔として活躍。昨年3月の「サンデー―」降板後も「スポーツ番組を続けたい」モヤモヤした気持ちは消えなかった。
1年後の54歳になれば「役職定年制度」を利用できた。昨年、同じく同局からフリーに転身した先輩・宮本隆治アナ(57)から「民放に出るのは魅力的だけど(同制度で)退職したらNHKも円満に出られるし、退職金も出る。あと1年我慢したらどうだ」とアドバイスを受けたが、チャンスを逃したくはなかった。民放からのオファーに可能性をかけた。「“ここしかない”と、半ば衝動的に(退社を)決めました。いろいろ考え始めたら辞められなかったですよ、きっと」
幸いにも日テレ系の北京五輪キャスターに決まった。念願の五輪にも気負いはない。「五輪の主役はアスリート。いかに彼らの喜怒哀楽を引き出せるか。放送局が変わってもスタンスが変わることはありません。(フリー転身は)有名アナウンサーだけではないし、ほかにも挑戦して砕け散ったアナウンサーがいっぱいいる。そういう例を知っているから、簡単にうまくいくとは思っていないですよ。“覚悟”しないとね」。森本毅郎(68)、草野仁(64)、大塚範一(59)の3氏ら活躍を続けるNHK出身アナはいるが、あくまでそれは一握り。フリーの厳しさは知っている。
私生活では2児の父親。この春、就職した長男からはメッセージをもらった。「就職先の上司に『お父さんがフリーターになったそうだね』、『いざとなったら君が一家の大黒柱だね』と言われたらしいんです。長男に『オレには絶対に迷惑かけるなよ』みたいなことを言われましたけど、まだ負けられないぞっていう感じですかね」
オヤジにも意地がある。新天地での活躍が楽しみだ。
◆堀尾 正明(ほりお・まさあき)1955年4月24日、さいたま市出身。53歳。早大卒業後、81年にNHK入局。北九州、福岡、大阪を経て東京アナウンス室へ。95年4月から昼の情報番組「スタジオパークからこんにちは」を5年間担当。2000年に「ニュース10」、02年から「サタデー/サンデースポーツ」のキャスターに。04年には紅白歌合戦の総合司会を務める。今年3月に同局を退社。
参照元:スポーツ報知